日本企業のグローバルイノベーション展開   一橋大学 米倉教授

 1.オリンピックを迎える50年の軌跡

   ・1964年の日本の人口は9718万人だったが、 2014年の人口12714万人であり、約3000万人が増加した。

    マレーシアの人口が2800万人であるので、1国分が増えた訳である。2050年までに、日本の人口は3000万人

    が減少すると言われている。このような時期に総工費3000億円の国立競技場が必要か。維持費も毎年100

    億円以上かかると言われている。日本1000兆円も借金しているのに、毎年赤字を出す設備は必要か考える

    必要がある。これらは次世代が負担することになる21世紀のオリンピックの姿として、お金もかけない、環境

    にも負担をかけないものを作る必要があると思う。

   ・GDPが中国に抜かれたが、非常に人口が多い中国に抜かれたことが問題なのではなく、日本の借金が1000

    兆円あり、一人当りの名目GDP3位から17位に下がり、昨年は24位になったことが大きな問題である。

    日本が3位になった時の2位はスイスである。スイスは小さな国であるが、銀行や時計などで稼いでいる。

   ・最近はアベノミックスで景気が回復しているように言われているが、アベノミックスだけでは景気は戻らない。

    一橋大の同僚が書いた失われた20という本で、1000兆円に上る財政投融資や低金利の金融政策はそれ

    なりに、効果を上げて良かったが、企業の生産性が上がっていないことが悪かったと指摘している。同感である。

    政府は事業をしていないので、成長戦略は描けない。成長するためには、企業のイノベーションが必要である。

   ・1年間の勤務時間を見ると、1番多いのは韓国で2193時間であり、一人当りのGDP34位である。2位はアメリカ

    で1787時間であり、一人当りのGDP14位である。日本は3番目で1728時間で、一人当りのGDP17位である。

    一方、オランダは1379時間と少ないが、GDP10位と高い。ドイツも1413時間で、一人当たりGDP18位である。 

    年間の労働時間を減らして、家庭の生活を豊かにするため、ワークハードからワークスマートにする必要がある。


 2.イノベーション

    ・イノベーションの父と言われているシュンペーターは、市場経済の本質は均衡状態にあるのではなく、現状の

     均衡を創造的に破壊して、新しい経済発展をもたらすダイナミズムにあると説いている。

     日経や文科省ではイノベーションというと技術革新ということだと思っている。イエール大のフレデリック・スミス

     は、大学時代のハブ&スポーク理論を元に、フェデラルエクスプレス社を立ち上げた。このアイデアには技術

     革新はないがイノベーションそのものである。イノベーションを起こすのは技術革新だけでない。

    ・シュンペーターは、社会に新しい付加価値をもたらイノベーションとして、1)新しい製品の導入、2)新しい生産

     方法の導入、3)新しい市場の創造、4)新しい原料の導入、5)新しい組織の導入の5つの類型を示し、この絶え

     ざる組み合わせがイノベーションだと説いている。

    ・新しい生産方法としては、最も生産性の低い人に抑えられるベルトコンベア方式に対して、技術者の能力により

     生産性が向上するセル生産方法が出てきた。

    ・新しい市場の創造としては、セブンイレブンやローソンが今年前半に150店舗を開設すると言っているが、都心

     にミニスーパーを積極的に開設している。これは若者向けのコンビニと考えていたコンビニを、中高年向けの

     コンビニとすることで、新しい市場を創出しているのである。メガネのJENSはパソコンが発するブルーライトを

     防ぐというメガネを開拓し、メガネをかけない人にも売り、350万本も売っている。居酒屋では女子会ということ

     を打ち出し、これまで男のみの世界だった居酒屋に、女性の市場を開拓している。

    ・新しい原料としては、脱石油ということで、東大では、ミドリムシからバイオ燃料を取り出すことに成功している。

     慶応大学はスパイバーという、タンパク質からクモ糸を人工合成し、 強度と伸縮性のある素材開発している。


 3.これからの日本

    ・人口動態の大変化は見逃せない。1947年は出生率が4.54で、貪欲で消費が旺盛だった。1973年の出生率は

     2.14倍で人口は維持出来たが、1996年は出生率は1.42倍と低下しており、この年代は金を使わなくなっている。

     日本のマーケットは我々が思っているより、はるかに小さくなっている。そのため、やることは2つしかない。

    ・一つは成長のあるところに行くことである。中国、インド、インドネシアは急速に成長しており、市場も大きい。

     これまで日本の輸出比率は高くなかった。1990年代には日本は国内市場に向かっていて、海外には向かって

     いなかった。この時期に輸出を増やしていったのが、韓国とドイツであった。新興国の市場は広い。

    ・高付加価値のワナというのがある。高くて良いものは、安くて良いものに負けるということである。

    ・もう一つは、ICTが可能とする万人の求めない市場を創造することである。1000人が欲しいと思うもの50ケ国

     売るとそれなりの数になる。万人が欲しいと思うものは面白くない。ICTより少量製品が作れるようになった

    ・Live ShellはビデオカメラにHDMIケーブルで接続するだけで、映像と音声を配信することが出来るようになる。

     Live shellを製造しているCerevoは革新的商品を開発しており、世界で一番小さな家電メーカーであると言える。

    ・価値づくりにやるべきことは2つある。一つは内需の丁寧な掘り起しである。

     熊本の同仁薬局やホラートイレットペーパーなどの例がある。これまでルイヴィトンの箱を製造していたメーカが

     ルイヴイトンが中国に製造を移したため、困っていた。一方、かご60入れで売っていて売上げが伸びなく

     なったお店があり、両社を繋いで8のさつま揚げをルイヴィトンのお財布用の箱に入れて売ったら、高齢者

     の小家族に向けて良く売れた例がある。

 「感想」いつも面白くお話を聞かせてくれるので、今回も楽しく聞かせて貰った。特に、失われた20年の原因は企業の
      生産性が上がらなかったということは的を得ているように思った。しかし、海外では、どのようにして生産性を
      上げたかが知りたいと思った。