グローバル経済と製造業のゆくえ   慶応大学 竹中平蔵教授

1.鳥の目(マクロマネージメント)で見る

   ・フォーチュン200を見ると、傾向が見えてくる。製造業で世界のトップ10に入っているのはトヨタだけである2005年には

    製造業がトップ10にビックスリーなど5社が入っていた。世界が大きく動いている。

    グローバル100で企業価値を見ると、日本の企業は8社だけで、アメリカ44社、イギリスは12社であり、日本が低迷

    している。製造業のウエイトが下がっている。取り分け、日本の製造業のウエイトが下がっている状況になっている。

   ・虫の目(ミクロマネージメント)ではなく、鳥の目(マクロマネージメント)に見ると、世界の大きな動きが見えてくる。

    日本はマクロマネージメントが欠けていると思う。例えば、復興予算が東北地方以外で多く使われていることが問題に

    なっているが、復興構想会議で、“東北の復興なくして日本の復興はない。日本の復興なくして、東北の復興はない“と

    言っていたのだから、復興予算を東北以外に使うとようになると思っていた。役人の仕事はこんなものである。

    政治がしっかりとしていないとこのような状況になり、役人に振り回されて、復興予算が無駄に使われることになる。

   ・先日、日本で開催されたIMF経済成長の予測を出した。米国と日本は2%成長、欧州はとんとんになると予測した。

    しかし、今回は特別に悲観的な場合の予測も出した。それによると日本も米国も大幅なマイナスになるとの指摘である。


2.欧州
問題の本質は

   ・ギリシャの財政赤字が問題になっており、スペインの財政赤字も問題になっている。しかし、ギリシャの国債を最も多く

    持っているのはフランスの銀行で、次に多く持っているのはドイツの銀行である。このため、ギリシャ国債が行詰まる

    フランスやドイツの銀行が行詰まることになり、銀行の問題であり、金融不安が起こることが問題である。

   ・欧州の各国は銀行を監督する官庁がバラバラで国毎に違っている。そのため、不良債権の基準も国毎に違っている。

    一ケ月前頃から日本の預金保険機構のような銀行同盟を作る話が出てきた。先日のIMF総会でも銀行同盟を作ろう

    と言っていた。欧州の状況を見るとこれらの解決には非常に時間がかかると思う。欧州問題はドイツの動きにかかって

    いることは明確であるが、ドイツのメルケル首相の再選が来年になっているため、大胆な動きは出来ない状況である。

    それでも、欧州問題は何とかなると考えている。欧州統合などの動きを見ると、欧州のメンバーはしたたかである。


3.アジアで起こっていること

   ・人口が多いことが良いことか悪いことかこれまで分らなかった。人口が多いと貧困の悪循環が起こると言われてきたが、

    中国やインドが良いことだということを示した。これはグローバルゼーションのなせる業だと思う。資金は海外から持って

    きて、安い労働力でものを作り稼ぐ。その後は大量に消費するという循環が起きて、経済を成長させることになる。

   ・中国やインドが減速している中、ASEAN諸国は非常に元気である。しかし、ASEAN諸国も中進国の罠を心配している。
    過去30年間に韓国のGDPは13倍になったが、メキシコは3倍にしかならなかった。その原因はイノベーションである。
   ・そこでASEAN諸国は日本と手を組みたいとの考えている。ASEANの希望である共に、日本の生きる道であると思う。

    イノバーションは何かというと、グローバルブランドであると思う。グローバルブランドがシンボルであり、そこに新しい

    技術やサービスが生まれてくる。それが牽引力となり、経済が発展する。


4.アメリカはあまり悲観していない

   ・以前、竹中さんがバーナンキさんと会った時、米国が日本を良く勉強していることが分った。日本の金融改革に10年も

    かかったが、米国は半年で金融改革の仕組みを作った。米国の政策は間違っていないと考えており、悲観していない。

   ・今回の大統領選は日本に大きな影響が出てくると思う。オバマ大統領が再選されるとバーナンキ議長を続投させると

    言っている。オバマ大統領はTPPを推進し、輸出を増やして、雇用を増やす考えであり、円安が良いと考えている。

    ロムニー候補はバーナンキ議長を交代させ、強い米国のため、ドル高をめざし、金融緩和は止めることになると思う。
    そのため、今回の大統領選挙の結果でロムニー候補が当選すると、日本の経済に大きな影響が出てくると思う。


5.日本の状況

   ・2007年の株価は18000円であった。今は9000円以下である。リーマンショックを起こした米国の株価は元に戻っている。

    今問題になっている欧州でも、ドイツが15%安、イギリスは20%安のところまで戻っている。日本の数値は異常である。

    日本は貿易赤字である。原発が使えないので、輸入が増えていることもあるが、本質的な問題は輸出が減っていること

    である。5年前に比べると日本からの輸出が25%減少している。日本の企業の空洞化が進んでいる結果であると思う。

    円高で税金が高く、電力が高い上に不安定である日本の現状を考えると、企業の判断は正しいと思う。

   ・日本は変な政策をやったからである。最大の変な政策は中小企業金融円滑化法(モラトリアル法)である。中小企業が

    借り入れをリスケジュールする場合、金融機関は受け入れるように指導することになった。この借り入れが300万件に

    なり、金額で45兆円になっている。このため、新規の融資が出来なくなっている。これは不良債権の塩漬けである。

    もう一つの政策は雇用調整助成金である。企業が社員を退職させる必要が出た場合、社員を抱えておくように指導し、

    助成金を出している。これは企業内失業者であり、現在465万人もいる。これを含めると失業率は12%になっている。

   ・モラトリアル法はこれまで2年間延長してきたが、来年3月には終了することになった。これを外すことは大変なことで

    あり、慎重に対応する必要がある。これにより、大量に倒産する中小企業が出る恐れがある。

   ・成長戦略というが、そのようなものはないと考えている。これまで成長戦略を何度も作ったがすべて上手くいっていない。

    成長を促進するためには、みんなを自由にすることである。規制緩和ということが何度も出てくるが、新しく何が出てくる

    か分らないのだから、すべてを自由にしないと駄目だと思う。

   ・そこで増税すると言っている。私は絶対に反対である。鳥の目で見ると直ぐ分かる。

    2001年〜2007年まで一般財政はほぼ一定であり、規模は82兆円であった。リーマン対策の時に13兆円増えた。

    リーマン対策が終われば13兆円は減らすべきであるが、そのままきて、今年の一般財政は95兆円となっている。

    来年度予算では100兆円を超える話が出ている。2020年には消費税は17%になると政府は試算している。

   ・このままでは低福祉、高負担の国になると思う。切り込むべきところは切り込むべきで、今の予算を切り込んでから、

    増税しないと負担は増えるが、福祉は改善されない。手順を間違うと上手くいかないので、今の増税は反対である。

   ・日本の年金総額や医療総額は、GDPで比べると先進国より高くなっている。日本に欠けているのは、若者への社会

    保障や出産後の女性への社会保障であり、先進国の1/4である。政策を大掃除する政治が出てこないといけない。


.製造業の今後の進め方

   ・製造業を見ると、世界は大きな流れで動いている。グローバル化とデジタル化の方向に動いている。サービス産業より

    ものつくりの方がグローバル化し易い。そのため、製造業はグローバル化がどんどん進んでいる。今回の中国とのトラ

    ブルは中国に大きなマイナスになると思う。表面的には見えにくいが、ASEANへのシフトが急速に進むと思う。

   ・技術革新の中心がデジタル化により進んでいるライフスタイル全体中に製造業が組み込まれている状況になって

    きた。製造業も新しいライフスタイルの提案が出来るかどうかで決まると思う

    アップルは新しいライフスタイルを提案できたから株価総額が世界一になった。

   ・政治の世界にもデジタル革命が起こっている。脱原発の金曜日の国会デモはインターネットを見て集まっている。

    最も多く参加者を集めたデモでは社会党が労働者動員した結果だが、今回は誰も動員していないのに集まっている。

    橋本市長はデジタルを使う新しい政治家になる可能性がある。橋本市長はツイッターで名指しで批判する。一般に批判

    する人は批判されることには弱いが、橋本市長は違っている。今では橋本市長のツイッターを85万人が見ている。

    社会現象になっている。これをファクトするには時間がかかるが、新しい形として、大きく変化する可能性がある。

   ・「2050年の世界」という本が出ている。その中で、2050年には、日本のGDPは韓国の半分になると言っている。

    製造業にとって大きなことは2つで、1つはシュンペーター的イノベーションである。そのためには、みんなが自由である

    必要がある。中国は自由がないので、難しいとの意見である。もう一つは、グローバリゼーションは続く。その中で英語

    は君臨し続けると言っている。このような状況で、日本の製造業はイノベーションとグルーバル化を進める必要がある。