迷走する世界経済と日本V 東京大学 伊藤教授 24.6.7
1.世界経済は大いなる安定期の終わり
・最近の経済の動きは過去の常識と違っている方向に進んでいる。対応を誤ると大変なことになると思う。
何が起きているかと言うと、大いなる安定が終わり、普通の資本主義になったということであり、これからは成長と
クラッシュを繰り返すようになると思われる。
・1980年代中頃から2005年まで、アメリカは大いなる安定期であったと言われている。アメリカのボルカーが大胆な
改革を行い、レーガン大統領がレーガンミックスと言う経済政策を進めた結果、アメリカ経済は発展してきた。
米国ではグローバル化とICT革命が起こり、欧州はベルリンの壁が壊され、独国と仏国が中心にユーロを作った。
その結果、ギリシャやスペイン、ポルトガルに大量の資金が流れて、一つのバブルが起きた。
ギリシャの経済が破綻し、スペインやポルトガルもおかしくなった。イタリアなどにも波及する恐れが出てきた。
今回の欧州の危機が終わっても、急速に回復するということは無理だと思う。
2.日本経済のデフレからの動き
・日本の経済もデフレで不景気だが、経済は安定してきたが、この安定が崩れる3つの恐れがある。
・一つは消費税の問題である。野田総理が経済界の人と会った時、総理のポストにしがみつく気はないと言ったと
聞いている。国を2分するテーマとして消費税やTPPなどがあるが、ポストにしがみつくとこのような問題には手を
付けない。しかし、少数与党であるが、消費税の政策に政治生命をかけると言っている。消費税の政策が崩れた
時、日本の国債が安定しているか疑問がある。財政を健全化する能力(気持ち)がなければ、国債の格付けは
下がる。国債の格付けが下がると、BIS規制で銀行は20%を積み立てなければならなくなり、沢山持てなくなる。
・2つ目は震災と原発の問題である。東日本大震災の復興で、東北地方では復興需要がすごく多く出てきている。
仙台のスーパーでは売上が昨年の3倍になったとか、被災者の借上げもあり、8万円以下のマンションには空きが
ないという状況になっており、非常に旺盛な復興需要が物価を徐々に押し上げている。
供給側は電力問題から厳しくなっている。新聞では、原発は関西の話になっているが、全国の電力の問題である。
イスラエルがイランを攻撃するという事態になると、石油の価格は急上昇する。その時、原発が動かないと電力が
ピンチになる。昨年度の報告によると、天然ガスと石油の輸入の増加分が3兆円になっている。国民一人当たり
25万円増えていることになり、4人家族の家では100万円である。これが、将来的には消費者に転嫁されてくる。
このような状況でこれまでのようにデフレが続くかは疑問がある。
・3つ目は世界の動きである。天然資源や石油がどんどん高くなっており、新興国はすべてインフレになっている。
現実的には物価がじわじわ上がっている。円高で少し抑えられているが、この状況が続くか見ておく必要がある。
いずれは資源問題が日本に波及してくる恐れがあると考える必要がある。
3.企業等への影響と今後の進む方向
・経済の問題など色々と考えることがあるが、一番重要なのは企業の問題である。
中堅企業の経営者たちに金利が上がったらどうなるかと聞いたら、競争企業が潰れるだろうと言われた。
これまでは、低金利ですべての企業が救われてきた。金利が上がると企業が選別されることになる。
10年後、20年後を考えると、@日本の労働人口が減り、A日本のまわりの国が間違いなく大きくなることである。
これは、日本が成熟することであり、日本にとってチャンスでもある。これからはグローバル化が重要になる。
・このような状況では、一つの視点として、スマイルカーブを考えて欲しい。
インテルやマイクロソフトのようにオンリーワンのものを持つ上流の会社は儲かるようになる。
アップルやユニクロのように、下流の会社はお客様との距離が近いことから儲かる。
下流の会社は良いビジネスモデルが必要である。
・スマイルカーブが大事だと思ったのは10年前である。最初に、台湾のエイサーの会長 スタンシーが提唱したもの
である。10年前、中国で講演した後、中国は逆スマイルカーブだと言われた。中国ではものを作れば作るほど
売れ儲かる。オンリーワンのものはなく、売ったもののメンテなどはまだ、ニーズがなく儲からなかった。
・日本も20年前のバブル期には逆スマイルカーブで、製造企業が沢山あったが、デフレ間に情勢が変わってきた。
真ん中にある企業は流通であり、より効率化にすることが求められた。スマイルカーブの真ん中はなくなりはしない。
マーケットが縮小していくと、各企業の売上が下がるのではなく、企業が淘汰されることで、残った企業は非常に
安定する。これから10年したら、企業は2割、3割は減っている。倒産されるだけでなく、M&Aなどもあると考えられる。
昔は、鉄鋼、造船など重厚長大企業から、軽薄短小企業に大きく変わったが、今回はもっと大きく変わると思う。
・日本の経営者が何故サムソンに勝てないか調べたら、サムソンの人件費が日本の半分だということであった。
サムソンも技術力が上がっているが、日本の技術を抜くわけではなく、人件費の差で競争力が出てくる状況である。
このような動きが出てくると、日本の企業が衰退するかというと、必ずしも、日本の産業がなくなるわけではない。
ドコモは日本企業連合でやってきたからガラパゴス化した。サムソンは世界企業の連合体を作って競争しているが、
サムソンの連合体には日本企業が多く入っている。世界連合に日本の企業が入るグローバル化が重要である。
・日本企業はデバイスや素材、製造装置が強い。日本のオートバイ企業は東南アジアでその地域の部品を使って
作っている。しかし、最も重要なエンジンは日本の製造装置を使って作っている。製造装置を使って何千台もの
オートバイを作って、利益を上げるようになっている。そこに部品を出しているのがデンソーであり、デバイスも
日本企業が作っている。このように、産業構造が大きく変わっている。
4.今後の日本
・グラフティは国の距離が近いほど、交流が盛んになるということであり、独国は輸出が経済の半分くらいになっている。
日本は遠距離のアメリカや欧州を相手にしてきたことから、これまでは日本のグラフティが働かなかったと考えられる。
しかし、東南アジアの成長により、日本のグラフティが働くようになってくる。その結果、日本の輸出が増えると思う。
・日本の消費財が出ていくチャンスがある。洗剤やラーメン、牛丼、コンビニなど色々な業種がアジアに出ていている。
日本人が日本人のために売る時代は終わった。グローバル化の流れで、商売をすることが重要になる。
・アップルは商品とブランド、ビジネスモデルの3つがバランスが取れるように、黄金の三角形を守ってきた。
iPodのケースでは、製品も素晴らしいが、iTunesというシステムをフル活用して様々なサービスを顧客に提供すると
同時に、ここで収益を回収できる点にあり、アップルは黄金の三角形を徹底している。
消費者は製品の細かな違いは判断できない。製品、サービスがいくら良くても、ビジネスモデルがポイントである。
・ユニクロの場合は認知度と沢山の生産拠点を作って、新しい製品を安く販売するビジネスモデルである。ユニクロ
が急成長できたのは、東南アジアの成長を使って伸びるというビジネスモデルを作ったことが成功の鍵である。
・ビジネスモデルを考える場合、自分の頭だけで考えてもロクなものは出てこないと思う。
@世の中の流れに乗っていくことである。そのためには、社会の変化を見ていく必要がある。
Aアジアを中心とした成長、B少子高齢化、C電力問題と環境問題 などについて考えることが重要である。
・高齢化については、セブンイレブンの鈴木会長がコンビニのデリバリーサービスを強く言っていたことを聞いた。
これから10年経つと、高齢者は70歳から75歳が非常に多くなる。その時、今はスーパーなどで買っている高齢者が
どこで買うかということを考えると、コンビニのデリバリと言うことも大きなニーズが出てくると考えられる。
マクドナルドの原田さんもマックのデリバリに期待していると言っている。百貨店の場合は50km圏内にデリバリする
必要があるが、スーパーなら5km を、コンビニなら500m以内だけにデりバリすることでも、お客さんが納得してくれる
可能性がある。デリバリーもすぐに商売になると思わないが、5年、10年かけて成熟させることが出来ると思う。
・電力問題について考えると、現在の電力網は原発があるということで、地方から都市に電力を送るように構築された。
そろそろ電力が余ってきて、アール電化などが言われるようになっていた。太陽光発電にすると、電力を利用する
都市部に太陽光電池の工事が出てきて、その後、メンテがいるようになり、電力を使うところに仕事が出てくる。
・これからの企業の進む方向としては、オンリーワンで生きるか、ビジネスモデルで生き残るか、である。
競争の中で生き残るための方法は3つだけで、もっと頑張るか、競争相手を抹殺するか、差別化するしかない。
差別化とは上流のみと考えている人が多いが、ビジネスモデルでも差別化は出来ることを考える必要がある。