NHK会長3年間を顧みて    福地茂雄   H23.7.14

 1.ビール事業から放送事業への転身

   ・ビール事業しか知らない上、70歳を過ぎているため、NHKの会長を依頼された時は断ってきた。

    何度も依頼されたので、誰もなり手がいないのではないかと思い、会長職を受託した。

    BtoB の事業では70歳を過ぎ、知らない分野で事業をするのは難しいが、同じBtoCの事業であった。

    そのため、ビール事業で取り組んできた顧客目線を視聴者目線に変えることで対応することとした。

   ・NHKの事業を進めるに当たって、最初に、経営判断の軸足を定める必要があった。

    昔は常識や慣習が経営の軸足だったこともあったが、今は経営理念が軸足で良いと考えた。

    ビール事業では顧客満足であったが、NHKの経営理念は、視聴者目線と視聴者満足とした。

   ・社員の不祥事が続いていたことと中期計画が経営委員会に否決されていたので、3年の在任期間の

    ミッションを@コンプライアンスマインドの定着とA中期計画の作成と促進とした。

   ・コンプライアンスについては、社員の士気を上げる必要があるが、全社員への定着は難しい。

    NHKには、不祥事対策のための委員会やマニュアルは沢山あるが、委員会を作ったり、マニュアルを

    作成したら終わりというう感じになっており、形ではない、企業風土を作り上げる必要があると考えた。

   ・経営委員会に否決された中期計画がないと長期的な事業の方向が定まらないため、中期計画を作成

    することにしたが、前例に拘らないで、すべてを変えるという考えで進めて欲しいと指示した。

    人事問題は前例を守る傾向が強いが、57歳で初めて放送局長にしたり、3名の女性の局長を作った。  


 2
.風通しの良い組織づくり

   ・タテの組織が強過ぎるとよく言われるが、タテの組織が強くないと、背骨がしっかりしないため、駄目だ。

    しかし、しっかりしたタテの組織に対して、ヨコの風をどのように入れるかが大事であるということである。

    NHKでは上のコミュニケーションを良くするため、理事の個室を廃止し、大部屋に集めた結果、改善した。

    ほとんどの理事の担当を入れ替えた。番組の作り方も多面的な見方になり、改善したと考えている。

   ・今こそ、コミュニケーションが大事である。コミュニケーションの基本はFace to Face のアナログ的な

    ものであり、デジタルはサポート的なツールであると考えている。最近はデジタルなコミュニケーションが

    横行しているが、デジタルなコミュニケーションでは本来のコミュニケーションは出来ないと思っている。

    たまには、本物を見なさいと良く言っている。カメラマンには音楽を勉強するように言ったことがある。

    音楽は聴くだけでなく、見ることもある。映像に音楽をつけると更に良くなる。現場には感動があるが、

    デスクトップでは味わえない。現場で発想して、現場で実践することに努めた。ネットでは温もりを感じない。

   ・コミュニケーション能力が退化している。ワープロで誤字・脱字は許されるが、変換の誤りは許されない。

    変換誤りは内容は分からなくなるし、読み返していない証拠であり、読み返していない文書は許されない。

    コミュニケーションでは手間を省いてはいけない。年賀状も相手の名前とコメントは手書きするようにしている。


 3.公共放送としての責任を果たす

   ・地震や選挙の時はNHKにチャンネルを回してくれる人が多い。NHKの信頼とは何かと考えた。

    報道の信頼性は正確で早いことだ。選挙速報で、開票早々から当選確実が出るのは可笑しいと思って

    いたので、担当に確認した結果、事前調査の積み上げと出口調査から分析していることを聞き理解した。

    事前調査などのアナログデータを積み上げていくと、客観的なデータになるということが分かった。

    量が質を規制することになると考えた。

   ・公共放送の使命は普遍不党であると考えている。歌謡番組や娯楽番組はいらないという意見もあるが、

    NHKの放送には歌謡番組や娯楽番組も必要だと考えている。差別化は難しいと思うが、NHKの放送では、

    何かを教えてくれるとか、製作者の意図が分かるとの意見を受けており、何かと違うことをやってきた。

   ・特ダネやスクープは運とかツキとは考えていない。運とかツキはみんなに平等に来るものだとっている。

    日ごろから、やるべきことを地道にやっている人が特ダネやスクープをものに出来ると考えている。

    羽田で飛行機が炎上した映像をNHKがニュースで流したことがある。他社は映像を流していなかった。

    NHKでは全国に配置した数百台のロボットカメラの映像をニュースの5分前に細かく確認していた。

    その中で、羽田空港で飛行機が炎上していたのを確認して放送したが、他社は確認していなかった。

    このように地道な努力が、時として特ダネになったり、スクープに繋がると考えている。


 4.業界のトップ水準をゆく放送技術

   ・超高感度カメラや超高速度カメラのような放送技術が報道や番組を支えていると思う。

   ・超高感度カメラがあったことから、人間には見えない真っ暗な深海での営みを捉えることが出来た。

    1秒間に10万枚も撮る超高速度カメラによって、ものが破裂したり、衝突する時の状況が分かった。

   ・将来的にはスーパーハイビジョンやメガネなしの立体テレビが出来、新しい展開があると考えている。

   ・隣の知恵や知見にも興味を持ち、耳を傾けることが必要であり、バイカルチャーは重要である。

    そのため、昼と夜では異なる人とコミュニケーションすることも重要である。


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.むすび

   ・アサヒビールの会社の近くに、「心は形を求め、形は心をすすめる」 という言葉が出ている。

    毎日見ていると、感心する気持ちになってきた。心も形ももう一足踏み込んでいく必要がある。

   ・NHKを退任する時に改革はどこまで進んだかと聞かれたが、会社は継続するものであり、会社を取り

    巻く環境は変化していくため、ゴールは明確でないし、走っているランナーはどこにいるか分からない。

    改革は、ゴールのない駅伝のようなもので、在任中に一つでも前になれば良いと考えている。