老年期の心理 心理学部 野村教授
1.生涯発達
・生涯発達という考えがある。発達には心の発達と身体的な発達があるが、発達というと従来は青年期までの発達を指していた。
人間は生涯を通じて発達していくものであり、日本では青年期以降を老化と言っていたが、英語ではエージングと言って、年を
重ねるということであり、意味的にはこの方が適当と言える。ワトソンの行動主義やフロイドの精神分析は子供を対象としている。
ピアジェの認知発達理論では11才までに発達すると言っている。成人期以降の変化はあまり研究されていない。例外としては、
スタンリー・ホールやエリクソン、ソーンダイクなどがいる。
2.老化とは何か。
老化はすべての生物に共通していることであり、年と共に進んでいく。老化が進むと罹患率が高くなっていく。死亡率は対数的に
増加する。人の生物学的寿命は120才と言われている。どの動物もオスよりメスが寿命が長いと言われている。
ヘイフリックの限界では、細胞分裂が出来る回数に限界があることが寿命を定めていると言われている。細胞が分裂する時に、
染色体はコピーされるが、染色体の端っこにあるテロメアが減っていく。染色体の機能には影響はないが、テロメアが分裂出来る
回数を決めており、それが寿命を決めているという説である。染色体の両端にあるテロメアを減少させない方法が研究されている。
テロメアを減少させない方法は分かっているが、テロメアの減少を抑えると、がん細胞を増やすため、実用になっていない。
3.日本は世界一の長寿国である。
日本の女性は87才で世界一であり、男性は80歳で世界8位である。寿命が長いのは、衛生状態が良いことや医療のレベルが高い
ことによると言われている。世界的にも人口の高齢化が進んでいる。日本に百寿者と言われている人は5万人以上いるが、健康な
人は2%でしかいない。認知症の人は3人に2人である。何故100才以上まで生きたか調べているが、肥満を避ける食生活と運動、
豊かな人間関係の維持が重要だと言われている。昔、話題になった金さんと銀さんは当初は認知症だったが、忙しくなって認知症
が消えたと言われている。
4.エイジズム
・医学者バトラーは米国の社会制度にエイジズムが深く根付いていると指摘した。エイジズムは、老人の能力は年齢と共に衰えて、
衰弱し、非生産的で安楽のみを求め、柔軟性がないと言うことである。エイジズムは高齢者を否定的に捉えて差別して不当に扱う
ステレオタイプ(偏見)の一種である。ステレオタイプが生じやすいのは、人種、性別、年齢であるが、人種と性別は改善されている。
しかし、年齢については、能力に欠けるという偏見が日米で共通に存在している。
4.高齢者のパソナリティ
・これまで生物学的な、社会文化的な要因から高齢者に特有の性格特性があると考えられてきた。否定的老人像としては、保守的で
頑固で短期と言われている。肯定的老人像は悟っているということである。これは老人に対する過度の単純化であり、実際はもっとも
多様な性格特性を示す時期である。赤ちゃんには気質はあるが、性格はないと言われている。
・老人は時代劇が好きだと考えられて、介護施設のテレビでは時代劇を良くかけているが、老人が最もよく見る番組はニュースである。
老年期の性格変化は、本来持っていた性格特性の望ましくない側面が抑制から解放されて、先鋭化することがある。老人になると
自分を抑えることが難しくなってくることがあると言われている。
5.心理社会的発達モデル
・エリクソンの心理社会的発達モデルでは青年期は自我同一性が有名になっているが、エリクソンのモデルは乳幼児から老年期まで
の発達段階に対し心理的社会的危機があると言うことを体系的にまとめている。心理的社会的危機を乗り越えることは重要である。
発展段階毎に、2つの心理社会的危機があり、相反する2つの感覚による葛藤を経験し、両者のバランスを取ることが求められる。
成人後期では生殖性と停滞の葛藤がある。中年期は残りの人生の見通しから自己の有限性を自覚し、それまでのように外面的な
役割の獲得を目指すのではなく、自己のあり方が問い直される。自分一人が幸せであれば良いと考えると行き詰まりが出てくる。
そこで中年期は子供や次の世代に対して何ができるかという時期になる。世代継承性とは仕事や育児を通じて次世代を直接育み
世話することを意味し、生殖性とも言う。この考えには反対の意見が多く出てきた。
6.成人後期と老年期
・レヴィンソンは40歳代を人生半ばの過渡期と見なし、葛藤を通じて新しい生き方を見出す時期で、内面的成功が大事になってくると
考えた。エリクソンは最後の発達段階は老年期で、統合と絶望による心理的葛藤があると指摘した。イングマール・ベルイマン監督
の作品「野いちご」でこのテーマを取り上げ、様々な喪失体験や死の恐れなどから絶望に陥ることなく、自分の人生をかけ甲斐のない
ものとして受容することの重要性を示唆している。若い頃は未来に向かって頑張ろうと言うことが出来るが、老年期は難しいので受容
するのだと言うことである。信頼感と不信の葛藤は希望を、統合と絶望の葛藤は叡智を生み出す。これは興味深い議論だと思う。
7.知能検査
・1950年代に、ニューヨークのウェクスラーは患者の知能検査として、ウェクスラー成人知能検査を作成した。言語性検査と動作性検査
の2つの検査がある。言語系検査はこれまで習得してきた知識を調べるもので、動作性検査は新しいルールを聞かされて、それに
適応できるかどうかを検査している。動作性検査は頭の柔らかさを調べる検査であるが、実験すると25才くらいが最も高く、その後は
だんだん下がっている。この検査では、同じ人の年齢的変化を調べていないので、集まった人たちにより出てきた答えはおかしい。
・ワシントン大学のシャイエは青年期から老年期までの認知機能の発達を検査するシアトル縦断調査を1956年より開始した。その結果、
結晶性知能は60歳前後まで上昇することや全体的な知能も長期間維持され、その後の低下も穏やかであることを発見した。縦断
調査は繰り返しの測定による練習効果や対象者の脱落による生き残り効果などがあることを指摘されており、完全な研究法はない。
・生涯発達心理学で有名なポールバルテスの2つの理論がある。一つは、成長と老化のダイナミクスにより、獲得と喪失の相互作用を
通して発達のプロセスは進行するということである。年をとると獲得するものが減少していくが、喪失は若い時から喪失している。
もう一つは、補償をともなう選択的最適化理論である。高齢者は心身の機能の低下を補って適応する3つのプロセス、選択と最適化、
補償、があることを指摘した。選択は、これまでよりも限られた領域を活動の場として選択することで、最適化は、利用できる資源を
活かした最適な方略を用いることである。補償は、機能の低下を補う新たな手段を獲得することである。
・例としては、ピアニストのルービンシュタインは早弾きを得意としていたが、年をとって困難になると、演奏する曲目を減らし、速度を
落として演奏することで失われた技術を補っていたということである。
「感想」老年期の心理というテーマは自分が考えている課題に適していると思い、真面目に聞くことが出来た。
まとめてみると、色々なことを考えたり、調べていることが分かって面白かったが、何となく定性的な感じが多く、
非常に難しい課題ではないかと感じた。