出生前診断に関する倫理的問題と社会的課題 明治学院大学 柘植教授
・私は、女性の妊娠経験と、出産のために入院している女性に妊娠時の課題と出生前診断を使うか使わないかアンケートしてきた。11頁の
アンケートであるが、出来るだけ自由に書けるようにした。357人の女性がアンケートに答えてくれた。これらをまとめて4cmもの厚さの本を
出した。健康とは何かと言うこともアンケートしてきた。入院している人は何故入院しているのか、困っていることは何かなどを調査してきた。
・私の母が脳梗塞で入院したが、何とか生き延びている。このままだと自分で食べられなくなるので、胃ろうにするか判断するように医者から
迫られている。母親は縛られていると苦情を言っているので、私がなだめている。病院は患者の苦情は聞かない。一人一人の看護師は良く
やっているが、本人が自分で食べたいと言っても、流動食を与えている。拘束することもある。患者はみんな我慢している。どうしてそのような
医療しか出来ないか、豊かになった日本として疑問に思っている。
・新型出生前診断について説明する。日本の出生数は昭和22年をピークに下がっていて、出生率は1.3〜1.4に下がった。年齢が35歳以上の
母親の出生率が下がってきて、 1980年を底にだんだん回復してきた。35歳以上で39歳までの母親の出産も増えてきた。1950年代は35歳に
子どもを産む母親は2〜3人目だったが、最近は35歳以上で初めて出産する人も多い。35歳以上になると染色体異常が増えてくる。もう一つ
は卵子の老化である。そのため、卵子を若い内に取り出して冷凍保存しておくことが流行している。しかし、全体的にテレビ等では早く産めと
いうメッセージを出している。35歳に急に流産や染色体異常が増える訳ではない。何故、35歳になるとハイリスクなのか分かっていない。
・妊婦の血液の中に胎児の血小板が流れ出しているので、血液検査が出来るようになった。これまで検査してきた羊水に針を刺して検査する
方が精度は高いが血液検査の方が楽なので血液検査をする人が増えている。2013年に1534人に検査して29人が陽性だったが、その内の
2人が中絶した。2013年に7500人に検査して156件に異常が見つかり、その内の9割が中絶した。日本の人工中絶件数は1955年の115万件を
ピークに減少しており、2009年には20万件になった。これらの数字は報告された件数であり、実際の数はもっと多いと思う。1955年に生まれた
子どもは270万人で、中絶した件数が115万件数であり、中絶した件数が非常に多い状況である。
・刑法の29章に堕胎の罪と言うのがある。今でも中絶をすると1年以下の罪になる。担当した医師も5年以下の罰則がある。1948年に優生保護
法が制定された。目的は優生上の見地から不良になる出生を予防すると言っている。不良とするリストが付いていて、遺伝しないものも多く
リストの中に入っていた。障害者から人権侵害だという運動が起こった。たまたま同じ時期に出生前に胎児の検査が出来るにようになった。
反対運動が起こって中絶を禁止しようとした。障害者団体が強く反対した。医師会も中絶が減ることで収入が減るため、反対した。その結果、
検査して異常が出たら、中絶を認めることになったが、法案が廃案になった。国連の報告ではヤミの中絶が500万件くらいあり、後遺症が出て
困っているとのことであった。1966年にヤミの中絶をなくするために、母体保護法に名称を変更した。同時に、優生上の見地から不良な子孫
の出生を防止することが削除された。本人と配偶者の同意が必要ということになったが、夫から暴力的に妊娠させられた場合には、夫が妻に
対する嫌がらせのため、 夫が中絶に同意してくれなくて困っている女性がいる。
・胎児の検査をして陽性の時に中絶しても良いと言うことは記述されていない。胎児の検査を進めている大学病院では、検査の結果、陽性の時
には刑法に触れるのを恐れて、大学病院では中絶はしないで、町の病院に回すことが起こっている。一方、胎児事項を追加する発想は優生
保護法に逆戻りすることが考えられる。海外を見ると、フランスとイギリスでは胎児事項がある。ドイツではない。アメリカは胎児事項はないが、
妊娠初期の中絶は女性のプライバシー権として認めている。1975年に法律を制定したフランスとイギリスでは検査が出来るようになったので、
胎児事項を入れた。日本は法律を改正する時にはまだ検査が出来るようになっていなかったので胎児事項は法律には入れていない。
・中絶の時期的な傾向を見ると、7週前に中絶している率が非常に高い。妊娠しているかどうかは6週目で分かるにで、レイプされた場合や不義
や避妊の失敗などの場合は7週目に中絶している。15歳から19歳までの中絶が増えているが、これには避妊対策の教育が必要である。また、
中絶は22週までしかできない。新型検査ができるのが16週からで、検査の結果が出るには4週間かかるので、20週頃に中絶することになり、
中絶は出来る。しかし、中絶する人にとっては精神的にかなり苦痛になる。検査は出来るが、ぎりぎりで中絶できると言うだけで良いのか課題
がある。最近、着床前診断が出来た。受精卵に問題がないか細かく検査できるようなった。問題のある受精卵を捨てれば良いと言うことで良い
のか。超音波検査は99%が受ける。超音波検査では胎児の身体的な障害は見つけることが出来る。羊水過少が発見されて、治療して元気な
子を産んだ例がある。無脳症が見つかり、人工中絶した例もある。超音波検査も出生前診断である。子どもに検査を受けたことは言えない場合
が多い。検査を受けたことを子どもが知った時、異常があれば自分は中絶されたのではないかというように思われることを気にしている。
・多くの人がそんな検査があると知らなかったとか言うが、医師が出生前検査を説明すると検査を勧められていると受け取ったり、説明しないと
検査の必要がないと受け取られることが少なくない。検査をするかしないかは自分で判断できるというように考えることが大事である。妻が本を
読んで悩んでいて、主人に相談しても、一人称で考えない男性が多い。健康な人でも、出産異常は1000人に数人は出てくることを認識するべき
である。医療の技術が進歩してくると妊婦が悩んでいることには気遣いが少ない。妊婦が悩んでいることを受け止めるようにしたいと思う。
「感想」妊娠と中絶ということを倫理的な面から説明して頂き、私があまり考えたことのないことがあることに気付いた。
胎児の検査についても良く考えることが多いことが分かった。また、医療の技術が進歩すると患者の気持ちを気遣わなく
ということは同感した。